プロレスとは

ヤラセといわれても、こういうものなんだからしょうがない

筆者はどちらかと言えば、非暴力主義者だ。まぁ然るに当たり前で普通の社会人なら暴力沙汰を起こしてしまえば、社会的信用が失墜してしまってお先真っ暗な人生が待っているので、過激な事をする人はいない。中にははっちゃけてしまってなんのその、ということもある。相手の胸倉に飛び掛って掴んだところを駅員数名が必死で取り押さえている現場を、いつかの学校登校時に目撃した事があるが、元気だなぁと思いながら見過ごしていた。そもそも現実で自分が殴り合いをしても何にも楽しくないし、得るものがないというのが単純な道理なのだが。ところがだ、プロレスを始めとした格闘技観戦については話は別だ、あのほとばしるような闘志と熱気は見ているだけで胸がこみ上げ来るものがある。自分では殴打については決してしたくないと考えているのに、誰かが試合という形式で戦っているところを見るのは平気だと感じるのだから、人間とは不思議な生き物だ。

闘争本能は生物に備わっているものだが、人という有史が築き上げてきた史実において戦いの記録は山ほど残されている。中には自分達の正義を行使するために他国へと侵略することもあっただろう、そうした戦いは後の歴史において聖戦と呼ばれることもあれば、悪戦とも罵られることもあるだろう。そうした歴史において、人間が観客という場を設けて血と血で争う生き残りをかけた勝負も存在していただろう。代表的なのはギリシャに存在しているコロッセオなどが代表的だ。ただそんなコロッセオでの戦いも当時のローマ帝国がキリスト教へと変遷した際には、血みどろの戦いが禁じられるようになった。そう考えると、現代におけるプロレスも血を流す、身体的な負荷を与えるような意味では過激な部分はあるとしても、古代と現代の格闘技という定義こそ変わっていないが、どのように嗜むのかといった面で見ると見世物というのは変わっていないと見るべきだろう。

プロレスはやらせだという人もいる、筆者も一時期は正直なところそのように考えていた時期もある。ただ今になって冷静に枠を見つめて考えてみると、プロレスの興行において観客を楽しませることが何より重要なことになる。だからこそエンターテインメント性を重視して、盛り上がる試合を演出することも時には大事なことだ。動員される観客の人数によってその試合の収入で団体の運営がなされているが、最近はプロレスも全盛期と比べるとその支持率を大いに下げてしまっている結果があるのは、どうしても否めない。

実際に台本の存在を明確にしている所もある

日本におけるプロレスを一般的には『競技』としての部分を前面に押し出していると見ているところもある。それについては間違っていないだろう、格闘技という分類で技を出し合うことで大いに観客を沸き立たせる術は見事なものだ、だからこそ台本が用意されていると見ている人もいるのだろう。だが実際用意されたエンターテインメントだったとしても、それで何かしらの問題が生じるのだろうか。それとも本当の意味で血を血で洗う戦いを演じることでしか満足できないと、少し猟奇的に考えている人もいるかもしれないが、そうなるともはやプロレスという枠から外れてしまうだろう。競技だからこそ真剣にやらなければならないが、命を取り合いをしているわけではないとすれば、例え台本が存在していたとしてもしょうがない部分があるのは否めない。ただ逆にそうした面を強調、つまり台本が存在しているからこそこうした試合を展開していると、公にしてしまっているところもある。それが海外のプロレスリングとして非常に有名な『WWE』だ。

このWWEの試合は日本でも深夜帯に放送しているのだが、一時期は本当にハマっていたこともあってその番組見たさによくその時間まで起きていたものである。何が面白いのかというと、日本で言うところのプロレスとは明らかに、その娯楽という面では大いに凌駕する要素が顕在している。とりわけ凄かったのが、因縁の選手の車を破壊するということを、相手選手がリングからスクリーン上から怒り心頭で向かった、ということだろうか。さすがは海外だと、やる事がどうにも日本とは比べ物にならないインパクトがあるので、よく楽しませてもらったものである。ただ中にはあまりにも下品なこともあるので、褒められるということではないがプロレスというものを楽しむための手段としては、こういうものもあるんだなぁと逆に勉強させてもらったほどだ。

日本でのプロレスも、面白くないわけではない

しかしだ、台本の有無を問うにしても見ている人間が楽しくなれることも大事かと思うが、日本にしても海外にしてもプロレスをするに関して例え演出だったとしても、それが真剣にやっているのだということは紛れもない事実だ。その点を蔑ろにしている人というのは残念なことに存在している、本気でしているからこそアレだけの迫力が生み出せる、すべてを演技だけで紛らわせているとしたらプロレスラー全員が役者として活躍した方がいいのではと、そんな風に思えてしまう。実際、試合中に骨を折る・流血している、といった光景を演出だけでは賄いきれるなどあるわけはない。

中には実際試合中に死亡してしまったというケースも存在しているからだ。そのシーンに立ち尽くしたときには、観客はもちろん、レスラー達も緊迫した雰囲気に包まれていた。プロレスをしていると全身を虐げるような行動をすることになる、しないことに越したことはないがしなければまともな運営を行うことが出来ないという問題も抱えているため、多少なりのリスクは覚悟の上なのかもしれない。