社長だって闘う

団体全体が盛り上げる

プロレスの凄いところといえばそのエンターテインメント性だが、それらを出すのに日頃から選手たちはトレーニングを欠かすことは出来ない。それこそ一般人に知られていないところで日々修練に勤めている。知らないのは当然としても、最近ではSNSやなどのインターネットを通じた情報量の多さによって、選手たちも日頃から思っていることを始め、トレーニングについて語ったりとしているのでその様子を想像することも出来るようになった。ただプロレスというのは団体に所属しているレスラーだけが活動するばかりではない、中には本来出演するはずのない人物が登場することもある。誰かというと本来なら経営をする側にまわって、運営を円滑にするという意味で事務的な作業などを行うはずの『社長』、もしくは『代表』が然として試合に登場することもある。こうした形式を『社長プロレスラー』として、社長自らがリングに立つこともある。

この社長レスラーというのは基本、現役かもしくは引退したレスラーが団体の運営を任されることとなるのだが、引退しているならともかくとしても現役で社長を務めている人間がなった場合には、所属レスラーの一員としての顔もそのまま継続して持ち合わせているケースがほとんどだからだ。そのため、試合に当然のように参加しているところを見る。プロレス団体は通常の会社とは性質が異なっている、そのため一般的に見られている企業と同一のものとして視認することは出来ない。この場合で言うなら、プロレス団体の社長というのは普通の社内事情におけるところの、現場仕事にて社長が汗水を流して働いているという、普通に考えたらシュールな映像が克明に浮かんできてしまう。

だがこのシステムは古くから存在しているのだが、社長として活動しているせいもありリングに上がれる機会はそこまで多いわけではない。普段の仕事はほとんどが団体の次を一体どうやって食いつなげていかなくてはならないのかを、考えなければならないため必然的に事務へとその情熱を回さなくてはならない。

社長として活躍したが、その命を現場で散らせた者もいる

闘って死ねるのなら本望だ、どこかで聞いたことがありそうな台詞かもしれないが、本当に死なれてしまったらどうしようもない場合もある。それこそ社長という役職を得てしまうと、試合の際に必要とする反射神経などは持っての他だ。プロレス団体は通常の会社とは仕組みこそ異なっているが、それでも企業としての経営能力についてはどうしても必要な知識が存在していることを踏まえなければならない。だがすべての社長プロレスラーがそうした面で得意としている人ばかりではない。中には中学校からプロとして活動しているレスラーなどもいるくらいだ、そうなると当然事務を任せたいと考える人は早々いないといえる。そのため、社長として就任することになったレスラーは自分にそうした能力がない場合には、どうしてもブレーンとなる人物の存在を作り出さなければならない。もちろん社長が何もしなくていい訳ではない、そう考えると実際に選手と社長の二束草鞋を踏んでいることがどれほど大変なことかは何となく理解できるだろう。それこそ団体随一とも言えるような花形選手ともなれば、レスラーとしてのコンディションも維持する事を意識しなければならない。

しかし現実は待ってくれない、団体経営というものは本来トレーニングや休息などに当てられる時間は、少なくなってしまう。そのため選手として活動しても、どうしても全体的な能力低下だけは免れることは出来ない。こうした点では事実として、試合中の技を披露した瞬間にリングにて力尽きた例もあるからだ。

三沢光晴、死亡事故

現実としてプロレスラーが死亡するのはメディアを通してみたのはこれが初めてだった。この人の名を聞くと懐かしい思い出があるという人もいるだろう、筆者もこの人ほどプロレスという競技の中で代表的な人はいないだろうと考えている『三沢光晴』氏の存在感は強烈だ。プロレスラーとしてはもちろん、その後社長レスラーとして共々活躍をしていたが、その頃になると既に40代半ばを過ぎていたときでもあったため、肉体的なことを考えればいつまでもリングに立つ事は出来ないだろうと誰もが思っていただろう。それでも試合に出場していたのはファンに答えるためだったのかもしれない、ただその願いは本当に自身の命を奪うことになるとは、誰もが想像しなかった。

生前最期の試合において、相手選手にバックドロップを決めた瞬間に自身の頭部もリングに強打したことで意識を手放してしまい、そのまま心肺停止という事態になった。蘇生施術をリングで行っている様を画面越しで見ていたが、それこそ人が今まさにその命を散らそうとしている瞬間だったといえる。その後病院に搬送されたが死亡が確認され、社長レスラーとしての問題点を浮き彫りにすることとなった。

元々プロレスという世界において健康面こそ、名誉を剥奪されたものはないだろう。選手としてではなく、人間は生きていくためにあらゆる活動をするにしても健康でいなければ何も成り立たないというのは当然のことだ。だがこの業界は全体的に選手の健康部分を意識したところがないと判断されたことで、文科省とプロレス団体関係者が意見交換を交わすことになるなど、重要な局面であった。三沢光晴というトップレスラーが没したことにより、かねてから問題だったことが浮かんできた事はプロレスという有り方でも正しいとは言えない。だからこそ上述で紹介した沖縄プロレス団体で、デルフィン氏が経営に専念したのかというのも、こうした例があったからこそなのかもしれない。