プロレス黎明期

すべての始まりはイギリスから

そんなプロレスは一体いつの頃から誕生したのかと起源を探ってみようと思う。言われて見ると格闘技ほど中々に面白い歴史を持っていると個人的に考えている、それが後に日本にまで普及して国民的スポーツの1つとして受け入れられるのだから、中々に壮観だ。

では始まりを見て行こうと思うが、それはイギリスから全ての起点が放たれている。イギリスにおいて行われていた『ランカシャーレスリング』という物が今に言われるところのプロレスとしての原形だと言われている。ただそれが全ての始まりというわけではなく、もう1つのルーツとして言われているのがアマチュアレスリングのグレコローマンスタイルを賞金マッチで行ったものがアメリカで御壊れていたというのだ。これは今に通じるところでもある、こうした娯楽としての色合いを元にしたものを『プロモーション・レスリング』、もしくは『プロモートレスリング』と呼ばれており、これらの言葉を縮めて出来たのが『プロレス』として呼称されるようになった。

その後19世紀頃になると、発祥の地であるイギリスにおいてボクシングと共に興行として開始されることとなった。ただこの頃のプロレスとなると選手としては命を掛けたやり取りに等しい真剣な闘争を繰り広げることになり、また観客にしてみればそうしたリング上での死闘を観戦して戦っている選手で、誰が勝つのかと賭け事をすることもあっただろう。今でこそそうした行いは禁じられているが、知らないところではそれこそ生臭いやり取りが交わされていたことだろう。こうしたイギリスで盛んに行なわれていたプロレスだが、時同じくしてアメリカにおいてもプロレスが広まって人気の競技となるのに時間を要する事はなかった。

アメリカでのプロレスとは

アメリカの歴史においてプロレスという競技が隆起し出したのは、19世紀のことだ。この頃もやはり勝者には賞金が出される仕組みとなっており、あのアメリカ大統領として初めて黒人を人として認識した『エイブラハム・リンカーン』も行っていたという。よほど格闘技好きだったのかもしれないが、まだそこまで楽しめる物が存在しない時代だったこともあり、アメリカでの楽しみとしてもプロレスは切り離せないものだったのかもしれない。

またアメリカのプロレスにおいて、日本に直接繋がりをもち、その起源とも言われているプロレスが存在している。それが『カーニバル・レスリング』と呼ばれるものであり、これが最も日本でのプロレスに近いものだと言われている。

カーニバル・レスリング

ではそもそもカーニバル・レスリングとは一体何なのかについてだが、字のごとくイベントの催し事において開催されるものとなっている。単純に言えばサーカスの前座として、レスリングが繰り広げられるというものだ。その後にある動物達による奇想天外の芸を披露する前に、人間達のちょっとしたアクションを見せる事によってメインを引き立てるという要素もあっただろう。だが実情としては、当時で言うところのレスリングで生計を立てているプロは厳しい生活を強いられていた。元々19世紀末まではあくまでショーの一部として利用されていたため、試合数も年間限られた回数だけしかやらないということから、本職としている人はカーニバル・レスリングに参加することを余儀なくされていた。中にはさすらいの旅芸人として巡業をするなど、今ではそこまでありふれている例でもないだろう。

見世物という境界線

日本のプロレスはカーニバル・レスリングを起源としていることについては少なくとも選手たちがそれを自覚しているところが大きくある。というのも日本でもとあるプロレスラーはプロレスの定義について、サーカスの見世物という風にはっきりと主張しているからだ。また違うレスラーにしてみればカーニバル・レスリングを起源とすることに対しては、何ら意義はないといったような姿勢を示している。ただ一部ではこの『見世物』というのがネックになって、あまりプロレスに対してそうした娯楽要素を感じさせるような部分を出したくないという大人の事情も相まって、真剣勝負をしているのだと定義づけしている部分もあるという。

だが見世物は見世物でも、それがときに三沢光晴のような死亡事故を引き起こしてしまっては、娯楽と呼ぶには到底無理が出てきてしまう。その点についての配慮もきちんとしなければならないが、ここでもやはり情報化社会というものの影響で、プロレスにおいて少なからず演出が用意されている事は旧知の事実として知られている節もある。だがいくら娯楽で楽しんでもらうとしても、遊びを全力で行うには十分に配慮した内容でなければならないのは言うまでもない。安全に出来るからこそ遊ぶことが出来るのだから、プロレスとしてもそういう意味で選手達のコンディションをキチンと整えるような環境づくりを形成していかなければならないだろう。

アメリカにおいては本格的な選手育成なども行われているなど盛んな歴史となっており、その流れは徐々に現代へと派生して行くことになるのはいうまでもない。